説教塾

ボーレンの葬りのための礼拝から:クリスティアン・メラー /  略歴 /  偲ぶ言葉: ヴァルター・アイジンガールードルフ・ランダウユルゲン・ケーグラー山田晃美 /  書籍

ルードルフ・ボーレン教授を偲ぶ言葉

   
シュリンゲンシュタット教会牧師
ルードルフ・ランダウ


1


 ボーレン先生は言いました。「天使はやはり天使だよね」。ハイデルベルクで先生と一緒に働くようになって二学期目を迎えておりました。1975年から76年にかけての冬学期のアドヴェントのことでした。ネッカー河畔のノイエンハイマー地区、シェッフェル通り4番地にある私たちの住まいを出てきました。先生は講義を済ませ、演習を始める前に、よくこの住まいで午睡をされました。それから私たちは、カール広場沿いの道をしきりにおしゃべりしながら、そして時にはすっかり黙りこくって歩いてきました。アルテ・ブリュッケ(古い橋)を渡ってマルクト・プラッツ(市の立つ広場)に登ってきました。日が暮れかかり、クリスマスの飾りの電灯が暖かく瞬いておりました。聖霊教会の礼拝堂に隣り合ったマルクト・プラッツには通行人がおりませんでした。まばゆい光が人間の高さで連なる盾に反映して輝いておりました。教会堂から広場を通って市役所までぎっしりと部隊が集まっておりました。制服を着た警官隊が並んでいたのです。盾を高く掲げておりました。私のこころのなかに恐怖感が芽生えておりました。そのこころに語りかけるように先生は言いました。「天使たちだね」。恐れを抱くことなく警官隊の脇を通り過ぎました。武装した大男たちのそばに小男の先生の姿がありました。そしてやっとコルン広場まで来ました。「君知っているかね。しかし、この天使たちは神を賛美する歌は歌わないね。平和を告げてくれるわけでもない。いったい、いかなる主に仕えているのだろうね」。

 愛するウルズーラ、愛する令息、令嬢の方たち、復活教会の礼拝に参加してここにおられる友人、親戚の方たち、
 私の先生は、開かれた目で見抜く方でした。世界を手に取り、そのなかにあるすべてのものを吟味しました。世界の諸現象を検証し、その秘められた意味を問いました。その意味とは、この先生にとりましては、神の国を指差すものでした。開かれたまなざしを持つ人びとは新しい神の世界の到来を指し示す存在であります。先生は私たちの目を開くひとでした。私たちが恐れを抱かず、不安を抱かず、この世界で生きることができるようにしてくださるのです──死に対しても。雪の下に隠された排水溝、アイガーの周囲に吹き捲くる嵐、背をかがめ曲がりくねった桜の木、皮を剥がれた自然の苦悩、高い山々の永久に凍りついた土の苦悩、そして死のように凍った緑白色の氷河、ひとりの失われていた男が、そこからゆっくり時間をかけて逃れ出てきました。ハイルブロンのぶどう園のなかの道で重いトラクターに轢かれてぺちゃんこになった蛙がいました。そこを私たちは一緒に歩きながら、ルードルフは私たちと悲しい会話をしました。この破壊され、押し潰された被造物を悲しみの説教をしながら復活させようというのです。すべての被造物を天における婚宴に向かって甦らせるのです。表現主義者らしい色彩豊かな怒りがそこにありました。先生はよく見つめました。私たちのために聖書の言葉を読んでくださいました。聴き、また見て、神を見出しました。そのようにして、先生に学ぶ私たちが、聖書の言葉によってしるしを読み解くことをよく学ぶことができるようにしてくださいました。律法学者のように文字にしがみつくのではありません。そうではなくて、その到来を待ち続けている神の約束が放つ稲妻の光を読み取るのです。それを教えるために、〈約束の類比〉による思索を私たちに教えてくださったのです。ここに、その神学的美学と併せて、先生の神学が創造と救済のわざを包括する、その秘密があるのです。先生の祈りの本も詩集も、その核心のところに神学を秘めておりますが、そこで支配的なのも、このような〈約束の類比〉です。神について語り、神に向かう言葉が、神と世界を合わせて見ることができる知覚であります。しかもボーレン先生の場合、それが単なる観察に終わるようなことは決してなかったのであります。


2


 私はお会いした最初の日からボーレン先生を愛するようになりました。44年も前のことです。ヴッパータールで説教学の講義を聴きました。そして先生を尊敬しました。しかも、最初の学期に、こうした著名の教授の講義を聴く時にいつもこうであったわけではなかったのですが、少し怖く思いました。その恐れは、だんだんと喜びのなかで薄れていきました。それはしばしば起こる、新しい光を得る喜びでした。先生のまなざしの光の話に留まりません。立ち続け、学び続ける先生に出会った喜びです。惹き付けるかと思うと、突き飛ばします。まるでひとりの改革派の天使のように容赦なく、しかも嫉妬深い教師です。この天使は神の栄光を守ります。キリスト者の群れの父であり母である人びとの神の栄光を守ります。聖霊によってこの世界のなかに身を置き、私たちをして神の国の到来を待つ備えをさせてくれる天使です。私たちは、この教師の頑固さと、柔らかな色彩の賜物の豊かさを単純に受け入れさえすれば、このひとに学ぶ学徒となれるのです。
 すばらしい論争をすることができるひとです。しかし、神の真理のための戦いをする、和解に生かされる神の子たちの論争をしたのです。真理を消してしまい、福音を洗い流してしまうような重さを打ち倒すための神の重量を感じ取らせます。しかし、先生は、教会のなかで、教会のために、教会の立場で語られました。先生の語る、しかも信徒の群れである教会から生まれる物語が、教会のなかで働かれる聖霊の働きを明らかにします。ですからルードルフ・ボーレンは独自のひとですが、決してソリストではありませんでした。
 ああ、先生がその助手たちや、その他の先生を助ける人たちと作っていた、賜物を生かし合った共同体は何とすばらしいものであったことでしょうか。私たちがその成立に立ち会うことがなかった講義、講演、書物はほとんどひとつもありません。
 先生がやることは地図を差し込んでくださることです。私たちは歩むべき道を辿ってみます。先生と一緒にどこを歩いたらよいかを読み取ります。こころを合わせて道を探します。これは先生が教会生活のなかで学ばれたことです。私たちは、その指導のもとで自分たちがひとつの教会のような共同体になりました。先生がどこかで語らなければならないこといになっている言葉の内容をめぐって長く語り合いました。先生の言葉に聴き入りました。完全に目覚めたこころで語りました。それが発見の喜びを生みました。先生が私たちのうちに呼び起こしてくださったことが何であったかを私たちの方から先生に告げました。私もよく経験したし、多くの仲間が経験したことですが、そこでは言葉の遊びが起こったとも言えます。そうなると、神に近づく認識が生む新しい栄光を見出すのです。そこで先生が光を与えてくださり、そこで生まれたのが、共同体が生む詩です。ああ、何とすばらしいことであったでしょう。このようにすなおにことが赴くままにまかせ、一緒に歩き、しかも一緒に働くように励まし合い、そこに生まれたのが私によって創設されたイーヴァント・グループであり、ルードルフ・ボーレンの指導する演習で学生たちを結びつけたものでした。しかもいつも私たちはボーレン先生と共に神の臨在を見出すことができました。ボーレン先生の先生であるトゥルンアイゼンとその友人たちがそうであったように、私たちは、「よい将来のための仲間たち」となりました。よい将来の待望に生きること、それこそ、このひとが私たちに教えてくれたことなのです。



3


 私たちは〔助手仲間の一人であった〕ゲルト・デーブスさんを訪ねてヘッセンのほうに車を走らせておりました。先生の最初の妻、マルタ-リュディアが亡くなった年の秋でした。私は尋ねました。「ご自分が間もなく死ぬことがわかったとき、何をなさいますか」。タウヌスの風景が車窓を流れ去っていきました。先生は長いこと黙っていました。それから言われました。「祈りを書くよ」。
 この教師は祈るひとでした。和解のみわざによって生かされている教会のために祈りました。それがこの先生の魂の風景を作っておりました。説教学で数えた4つのことを包み込む、もっと高次元の、遥かに高く評価すべき魂の風景でした。
 集められ、しかも神の来臨が延期されたたために試練を受けている教会の祈りによって神の来臨を速めること、しかもその教会の祈りのなかに加える自分の祈りによってもそれをすること、キリストによって和解を得ているはずの人びとのもたらす断絶、非難、かさぶたができるほどの傷つけ合い、うそ、不快なこと、亀裂、それらすべてを、先生は神に突きつけて問います。そのことによって神が、神だけが美しくなり、世界のいのちをもたらしてくださるようになるためです。  ルードルフ・ボーレンと共に生きることを許されることはすばらしいことです。人びとの嘲笑を受け、ひどい非難を受けながら生きることはすばらしいことです。そのようなことが私を先生から引き離すことはありませんでした。先生を通して神の栄光を知覚することを学ぶこと、このひとの存在のなかで、特にその晩年の何年かを通じて、感謝することこそ決定的な賜物であることを目の当たり見ること、そのなかに自分が巻き込まれていくここと、それはつらいことが優しさとなり、神の国を目指して解釈していたひと自身が、山上の説教を語られた方の告げる祝福の国に生きる者とは何かを示す比喩に似た存在となることでありました。厳しさが優しさとなるのです。そうです。私たちは、このひとをなお愛するのみでありました。妻の愛のなかでしっかりと守られておられました。子どもたち、孫たちの確かな手のなかで守られておられました。
 「祈りを書くこと!」。最後に最も大切なこと、それは祈ることでした。この教師は私たちのために祈りました。私たちを、神の迫りのなかに生きるように引き込みました。この人が私たちに取り次いでくれた神の賜物、それは、しばしばひとが言うように、それがもたらす効果で計ることができるようなものではありませんでした。先生が私に与えてくださったもの、それはそのひとの傍らで、そのひとから、そのひとと共に学んだものでした。しばしば起こったのは、先生の経験が私にとっては、始まりつつある霊の臨在の物語となるということことでした。そしてこの私の教師の生涯を語る詩となったのであります。  私の誕生日にもそのような詩をくださいました。グリンデルヴァルトのゲルビにある住まいのすてきな部屋でそれを読んでくださいました。ウルズーラ、私の妻、そして私の前で読んでくださいました。私はそれを皆さまにここで手渡します。ひとりの学び続けて生きる者にとって、自分の教師の言葉を他の人びとに手渡すことこそ、幸いなことだからであります。



たんぽぽ

最後の雪が融けて
サラダを作ることができるようになった
血をきれいにしてくれるサラダを

牧草地に黄金を運び
少し影を含みつつも光り輝き
目を楽しませてくれる

咲き終わって初めて
奇跡となる
パラシュートの宇宙の奇跡

死には赴くが死ぬことはない
何千もの星々がふたたび
牧草地を花で埋める

風が吹けば飛び去り
新しいいのちへと赴く
それがたんぽぽ



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