説教塾

ボーレンの葬りのための礼拝から:クリスティアン・メラー /  略歴 /  偲ぶ言葉: ヴァルター・アイジンガールードルフ・ランダウユルゲン・ケーグラー山田晃美 /  書籍

ルードルフ・ボーレンの葬りのための礼拝から

 

「喜びをもって主に仕えよ!」


説教 クリスティアン・メラー


詩編第100篇
全世界よ、主をほめたたえよ!
喜びをもって主に仕えよ!
喜びをもって主のみ前に出よう!
主こそ神であることをよく知ろう!
主が──私たちが、ではない──私たちを
ご自身の民としてくださり、その牧場の羊としてくださったのである
感謝しつつ、主の門に向かおう
賛美しつつ、その前庭に出よう!
主に感謝し、そのみ名を賛美しよう!
なぜならば、主は私たちに親しんでくださり
その恵みは永遠に変わらず
その真実はいつまでも揺るがないからである


 愛するウルズーラ、尊敬する親族の皆さん、愛する教会員の方たち!
 詩編第100篇の言葉をルードルフ・ボーレンの生涯と重ね合わせて聴き取るとき、そこで明らかになるのは、この詩編こそ、このひとの生涯の歌であったということであります。この詩編こそ、ルードルフ・ボーレンをして、全世界の前で、その主である方に向かって喜びの叫びを上げさせてきたのであります。この詩編こそ、その主の前にあって、神学教師、福音の説教者として、喜びつつ奉仕に生きることを可能としたのであります。自分が生きていることを誰に対して感謝したらよいかをよく教えてきたのであります。あの人生の〈天水桶の深みにおいて〉過ちを犯し、自分自身を失ってしまったときでさえも、それにもかかわらず自分が主の「牧場の羊」であり続けていることを教えてくれたのも、この詩編でありました。
 今私どもはルードルフ・ボーレンに別れを告げます。ここでも私どもに伴ってくれるのは、このひとの生涯の歌であったこの詩編であります。この生涯を目の当たり見つめつつ私どもは神に感謝を献げます。神のみ名を大きくしたいと思います。この生涯が歌い続けてきたメロディーを、私どもも共にくちずさみ、こころに留めたましょう。「主は私たちに親しんでくださり、その恵みは永遠に変わらず、その真実はいつまでも揺るがない」!


1


 「喜びの声を上げること、溜め息をつくこと、このふたつのことについて、もう一度何かを書きたいと思っているんだよ」。最後の1年となった昨年のあるとき、ルードルフ・ボーレンはそう言いました。「なぜですか」。私は尋ねました。(答えはこうでした)「生きるということの基本的な姿でしょう。喜びの声を上げながら、私は人生に挨拶するんです。ようこそ、人生よ、とね。エードゥアルト・メーリケが、有名な詩のなかで朝を迎えて歌った通りです。

まことにひっそりと
低く天使が囁く
ばら色の足で大地に踏み出しながら
そのようにして朝は近づく
信仰深い者たちよ、主に向かって喜びの声を上げよ
聖なる歓迎の声、聖なる歓迎の声だ
わたしのこころよ、お前も喜びの声を上げたらいい!

 ルードルフ・ボーレンは喜びの声を上げることができたひとです。生きることに、ようこそと挨拶し、このように生きることを自分の主である方に感謝していたからです。
 そこで私は更に尋ねました。「溜め息をつくということはどういうことですか」。「ああ、溜め息をつきながら、いのちを手放していくんですよ。溜め息をつきながら、ぼくたちは一息ごとにいのちを削っているのです」。ルードルフ・ボーレンの晩年には、本当に溜め息を数多く聴きました。「ぼくはもう疲れたよ」。いつもそう口に出すことができました。「もういいよ」。このように溜め息をつくとき、このひとにとって、とても大切であったことは、私どもが生きていくとき、だんだんと言葉を口にすることができなくなり、もはやどのように祈っていいかさえわからなくなります。まさにそのとき、霊が言葉にならない嘆きをもって、私どもの代わりに祈っていてくださるということでありました(ローマの信徒への手紙第8章26節)。
 ここ何週間か、ルードルフ・ボーレンを見舞うたびに思い出さざるを得なかったのは、これらの言葉でした。いくたび病床で溜め息をつき、うめき、息苦しくなったことでしょうか。そして私はこう思ったのです。まさにこのひとがだんだんと弱まり、衰えていく、そのところで、ますます強く、このひとのなかで、このひととは別の存在が共に溜め息をつき、言葉にならない嘆きをもって代わりに祈っていてくださるのではないか、と。
 そして、愛するウルズーラ、夜になると私はあなたに電話をかけて尋ねました。今日は病院ではどうでしたか、と。あなたは時々溜め息をつきつつ言いました。今日もたいへんだったのよ、と。だが最後に、あの最後の月曜日が過ぎたとき、あなたは突然はっきり悟りました。あなたのなかで、あなたではない別の存在が嘆き続けてきてくださっていたのだということを。その方が、夜ごとドッセンハイムのあの山道を嘆きつつ共に登り、以前のあなただったらついぞ思っても見なかったほどの力をあなたに与えてくださっていたのです。
 ああ、それはよりによって12月24日の聖なる夜に始まった、とてもつらい5週間でした。聖なる夜は、あなたがたにとっては恐れの夜になってしまいました。ルードルフが胃から出血し、大学病院に運ばれなければならなかったのです。それから次々と諸器官がその務めを果たさなくなりました。その度に溜め息の声はますます強くなりました。
 医師たち、看護師たちは最善を尽くしてくれました。しかし、最後に正直に言いました。私たちにできることはもう何もありません。ルードルフはもう一度家に帰ることが許されました。愛していた書斎に運ばれました。もう一度愛犬マックスを撫でることができました。そして3日後に愛する者たちに囲まれて死に赴くことが許されたのです。
 2月1日の夜に亡くなったのであります。それは私どものカトリックの仲間たちが「聖マリアのお清めの日、聖燭祭」と呼び、私どもプロテスタントの者が「キリスト奉献の祭り」と呼ぶ日の前夜でありました。この祭りの日、私どもが思い起こすのはシメオンとアンナのことです。このふたりの老人は神殿にいて、マリアが腕に抱く幼子イエスにお会いしました。そしてシメオンは、こう言ったのであります。「主よ、今こそ、あなたは私を平安のうちに逝かせてくださいます。私の両眼があなたの救いを見たからです」。これこそ、月曜日の夜のルードルフの最後の溜め息、最後の息が語ってくれていたことではないでしょうか。「主よ、今こそ、あなたは私を平安のうちに逝かせてくださいます」。この言葉が何を意味するかを分からせてくれていたのではないでしょうか。そして広く開かれていて両眼が教えてくれたのも「私の両眼があなたの救いを見たからです」ということにほかならなかったのではないでしょうか。そして今既にルードルフは、自分が信じてきたことが何であったかを見ることが許されているのであります。この聖なる夜と、キリストの奉献の祭りへと至る降誕をめぐる祭りの円環に囲まれるようにして死ぬことを許されたひと、そのひとの死はしあわせなものでありました。そして私どもすべての者に大きな慰めを遺してくれたのであります。


2


 だが喜びの叫びはどこに残っているのでしょうか。最後の何週間に、更には最後の年に溜め息が圧倒的であったことは当然でありますが、喜びの叫びもまたその人生においてまことに豊かでありました。ルードルフ・ボーレンは人生を愛したひとであります。人生を楽しむことができました。喜びの声を上げることが好きでした。その詩集も喜びの声に満ちておりました。ドッセンハイムのぶどう畑の道を帰ってきて、詩をしたためたときには特にそうでした。それを、詩集『ぶどう畑の山』に見つけることができます。

ぶどうの木のわきを通り過ぎながら
私は自分に語りかける
おまえが好きだよ
これ以上何もいらないね

 これはかけがえのない喜びの叫びであります。ですから夏になると何度でも山を訪ねてグリンデルヴァルトに行かざるを得ませんでした。アイガー、メンヒ、ユングフラウの山々も喜びの叫びに満ち、水彩画を描かせてくれるからでありました。
 このことがその説教論にも珍しい特質を与えたのであります。ここでは説教することの困難を嘆くことから始まってはおりません。読者の前に問題の山を積み重ねることから始めてはおりません。ルードルフ・ボーレンの説教論は喜びの叫びから始まるのであります。第1章は「情熱としての説教」です。「私が情熱を込めてすることが4つある。水彩画を描くこと、スキーを走らせること、木を切ること、そして説教することです」。このような喜びの声を上げる文章は何を目指しているのでしょうか。「説教を教えるということは喜びを教えるということである。説教へと導くことは喜びへ導くということである。喜びのなかにおいてこそ、神を語る言葉は、その目標に至る」。こういう教えが説教することへと飛躍させるのであります。
 この飛躍は、ルードルフ・ボーレンの説教においても感じ取ることができます。説教集を今読んでみても、カセットテープで聴くことができたときでも、それを感じ取ることができるのであります。


3


 ルードルフ・ボーレンにとって生涯の歌となった詩編にもう一度耳を傾けてみましょう。「全世界よ、主をほめたたえよ! 喜びをもって主に仕えよ! 喜びをもって主のみ前に出よう! 主こそ神であることをよく知ろう!」。この詩編の霊が私どもを飛躍させます。これがあなたを捉えるとき、あなたも喜びの声を上げ、喜びをもって神に仕え、ひとに仕えるようになります。神の前にあって身を屈め、はいつくばうのではなく、まっすぐに立てます。喜んでいます。両眼が開かれます。生きることにおいても死ぬことにおいても、神が主であられること、生きることも死ぬことも、この神から来ることをはっきり見つめることができるようになるのであります。
 あなたがこの詩編と共に喜びの声を上げるとき、詩編が語ってくれるのは、あなたがあなたの人生の主である方に向かい得る立派な人間に、自分を仕立て上げなければならないということではありません。すべてのことを手中に納め、いわゆる〈私-株式会社〉(*1)を体現しなければならないということではありません。そうではなくて、あなたが犬のように惨めになっていることを認めるだけではなくて、羊にさえなっているということを認めるということであります。あなたが生きることにおいて過ちを犯したからであります。よく考えてください。そのとき、あなたは喜びの叫びを上げることができるのです。「主が──私たちが、ではない──私たちをご自身の民としてくださり、その牧場の羊としてくださったのである」。
 妻マルタ-リュデアが自分でいのちを断ってしまい、もうどうしてよいかわからなくなってしまい、明らかに自分を失ってしまったとき、ルードルフ・ボーレンにとっても、大切であったことは、まさにこのことを告白し、しかも、それを口に出すことでした。そうすればヒーローを演じることではなく、小さな、失われた、迷い出た羊として、よい羊飼いの牧場になお生きることを許されること、それこそがルードルフにとって救いとなったのです。第2の妻エーレントラウトが心筋梗塞で倒れ、息もできないほどに打ちのめされたルードルフ・ボーレンを残して逝ってしまったときにも同じことでした。このような人生はただ高みに生きたようなものではなく、時にまことに深く、まさに〈天水桶の深み〉に生きたものであった。それが真実でした。メランコリーを語った著書に、このような書名をつけていたのです。
 しかし、天水桶の深みにザイルをおろしてくれる友人たちがおりました。天使を送って引っ張り上げてくれました。ウルズーラ、この天使、それはあなたです。そうしてあなたがたふたりに、なおしあわせな11年に及ぶ結婚生活が与えられました。このことはルードルフがどれほど喜びの声を上げても足りないほどのことです。人生を深く肯定して生きることができました。神からの贈り物であり、感謝すべき人生だったからです。自分はそれに値しませんでした。それにもかかわらず神が贈ってくださったのです。そのような人生を、この詩編は誇りとして歌うのです。「その恵みは永遠に変わらず、その真実はいつまでも揺るがないからである」。

 このような喜びの叫びが、ルードルフ・ボーレンの人間そのものにどれほど深く碇をおろしているか、それが私にすっかり明らかになったのが、その最後の何週間をも共にすることによってでありました。アドヴェント第3主日、私どもはルードルフの家に集まりました。その90歳の誕生日をどうするかを相談するためでした。ルードルフはとても耳が遠くなっておりましたが、そばで聴いておりました。誕生日祝いに大学講堂を借りることにし、大学本部の二階も予約しました。音楽演奏の手配をし、フュルトから記念講演をする方を招くことにしました。しかも同じ日に友人、学生たちを招いて説教学シンポジウムをも開催することにしたのです。そうしたら、ルードルフは喜びの叫びを上げました。「ぼくもそこへ行くよ!」。
 入院して既に意識がなくなり、話すこともできなくなったとき、パウル・フレミングが作ったルードルフの愛唱の歌を歌ってあげました。

わたしには何も起こり得ません
あの方がわたしのために企てた、わたしにとって祝福となるもの以外には
与えてくださるままに受け取ります
愛を込めて贈ってくださるものを
わたしもまたそれを選んでいたのです

 それからまだ何かひとつ歌いましょうか、と尋ねました。「ヤー!」。明るい声で答えが返ってきました。この高い声、明るい声の「ヤー!」、これこそが、神がこのひとに贈り物としてくださった人生を喜びとするただひとつの喜びの叫びでした。
 そしてルードルフは、ウルズーラ、あなたの手を最後にしっかり握りました。そのときルードルフはあなたに、そして私どもすべての者に、愛の力を更に手渡してくれたのです。より高い天の合唱団に加わって、ただ神の栄光のみを共に賛美するために、天の父に向かって、その道を歩み続けていた間、それによって生かされ続けていたあの愛の力を。

感謝しつつ、主の門に向かおう
賛美しつつ、その前庭に出よう!
主に感謝し、そのみ名を賛美しよう!
なぜならば、主は私たちに親しんでくださり
その恵みは永遠に変わらず
その真実はいつまでも揺るがないからである



(*1)ドイツ語でIch-AGであるが、現在のドイツでは、失業者が自立して仕事を始めようとして申請すると、失業手当以外に自立支援金をもらえるようになっている。これをichつまり〈私〉がひとりで株式会社を造るようなものだということから生まれた俗称である。



ボーレンの葬りのための礼拝から:クリスティアン・メラー /  略歴 /  偲ぶ言葉: ヴァルター・アイジンガールードルフ・ランダウユルゲン・ケーグラー山田晃美 /  書籍