[sekkyoujuku:013992] 9月2日 読書会B 録画および録音資料 Subject: [sekkyoujuku:013992] 9月2日 読書会B 録画および録音資料 From: 須田 毅 Date: 2025/09/18 7:27 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 皆様 9月16日読書会Bが行われました。その録画資料と、音声のみ資料が整いました。ご案内が遅くなり申し訳ありません。 以下のアドレスよりアクセスしていただき、資料をダウンロードしてくださいますようお願い致します。録画資料、音声のみ資料、それぞれ1本ずつになります。 2025年9月16日読書会B「慰めとしての教会に生きる」録画 https://drive.google.com/file/d/1ft3Q_QYY2TMMrnKglS9fI8xwuUCz6PSa/view?usp=drive_link (以下は録音のみ) 2025年9月16日読書会B「慰めとしての教会に生きる」録音のみ https://drive.google.com/file/d/1N-nAFZ4BO8620EnEGheL7JlYYOj_Boiw/view?usp=drive_link 自死を中心とした考察の最終部、そして2009年の日本基督教団宣教150年をおぼえての講演を途中まで読みました。加藤先生が晩年に繰り返し語ってこられた内容であることを覚えました。講演については教団内での講演ということで、日本基督教団の先生方に(失礼ながら)コメントをリクエストしました。各先生方が、それぞれ厳しさを覚えながらもコメントくださったことに、感謝しております。 教団外の人間である私としては、教団で起こる事象は、日本のプロテスタント教会の中で先んずる事例が多くあり、以後に他の教団などで見られる事柄でもあると、個人的に実感をもって考えております。その点で、聖餐の課題、伝道の課題などを、自分なりに取り組み続けなければならないことを、改めて思わされました。 しかし、読書会などで意見交換をしながら同労の先生方からの励ましを頂いている感謝を覚えますし、これらの課題について協働させていただいている思いがすることは、私としては、孤独ではない任務を負っているという幸いもあります。そして、むしろ、自分の所属教派そして地域教会において、単独の牧師として自分で考えるように、とのエールを送られているように覚えております。 須田毅