[sekkyoujuku:013646] 2025・04・01、読書会Bの報告 Subject: [sekkyoujuku:013646] 2025・04・01、読書会Bの報告 From: 渡辺賢次 Date: 2025/04/02 11:23 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 田村毅朗先生、須田毅先生、説教塾の皆様 毎日お世話様です。 2025年4月1日(火)読書会Bの報告を急用で欠席の世話人田村先生に代わって いたします。 『慰めとしての教会に生きる』(加藤常昭箸、教文館出版、2023年12月25日初版発 行) 始めの祈り:玉木圭子牧師 終わりの祈り:広瀬希保牧師 朗読者:渡辺賢次牧師、須田毅牧師、玉木圭子牧師 p209〜p220 10 日本のプロテスタント教会における魂への配慮 教会がする教会のための牧会 1 教会の実践としての牧会 2 牧会のパースペクティブ 報告と感想: パースペクティブ思考法(スワード・ヒルトナーの『牧会者の神学序説』 に学んだものに依っている。邦訳:西垣二一訳『牧会の神学』聖文舎、1975) パースペクティブの日本語での翻訳は難しいとのことだが、「重層構造における選択 の見通し」 といった意味合いではないかと思う。 教会における牧師の役割、長老会、役員会の果たすべき牧会あるいは伝道を どのように捉えるべきか。教派、各個教会によって異なるが、 説教と牧会は重なるべきで教会員に対して、あるいは新来者、求道者に対しても どのように臨むべきかが問われる。 エードゥアルト・トゥルンアイゼンの『牧会学』(魂の配慮)が十分にドイツにおい ても また日本においても生かされないできた背景や問題点を究明しいくことが今後の課題 ということか。 説教と牧会、魂への配慮のあり方、牧師と役員会、あるいは教会員、求道者に対して の 相互に牧会する教会を目指すうえで「造り上げる」パースペクティブと「励まし、慰 める」 パースペクティヴの重なり合いとその対象となる人間と教会の重なり合いが重要であ る。          以上 報告者:渡辺賢次 添付ファイル: winmail.dat 6.3 KB