[sekkyoujuku:013031] 7月2日(火)読書会B「慰めとしての教会に生きる」報告 Subject: [sekkyoujuku:013031] 7月2日(火)読書会B「慰めとしての教会に生きる」報告 From: 渡辺 Date: 2024/07/02 21:56 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 説経塾の皆様 7月2日(火)読書会B「慰めとしての教会に生きる」(加藤常昭箸) 報告を世話人の田村毅朗先生に変わって、渡辺賢次が代行しましたので以下に記します。 出席者は9名(午後2時20分〜4時25分) 司会、リード役は玉木先生 始めの祈り:禰津先生 朗読者:2名 終わりの祈り:広瀬希保先生 始めに 前回の振り返り:3.私たちの霊性の系譜、植村正久、内村鑑三から森有朝の霊性へ  罪意識を凝視するところから来ているか?一人神の前に立つ。  だれにも言えない自分の心の一隅  →加藤先生の捉える霊性の系譜、「霊性とは」? 4.「日本実践神学会」への期待と展望 p100〜p102のうしろから6行目まで  2022年10月8日「日本実践神学会」での講演原稿   准イン、補教師、正教師 按手  実践神学の位置づけ 牧師養成の現場で?       「世界説教学会」の位置づけ 交流の大切さ   シュライアマハーから始まる「実践神学」?教会に奉仕するべき神学 感想:霊性の危機とは罪認識の問題とすれば、ルターの信仰の捉え方に立ち帰ることになるのでは。  シュライアマハーが実践神学の始まりとすると、その説教を読んでみることが大事か(加藤先生)?            以上:報告者  渡辺賢次(JELC引退牧師)