[sekkyoujuku:011411] 読書会BB 報告。田村毅朗。 Subject: [sekkyoujuku:011411] 読書会BB 報告。田村毅朗。 From: 田村 毅朗 Date: 2023/01/03 22:04 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 説教塾の皆さま 主の み名を賛美いたします。 本日は、読書会BB世話人の大橋 新先生が ご欠席のため、代わって報告させて頂きます。 出席者は16名。開会祈祷は戸村甚榮先生 、閉会祈祷は青木 豊先生に祈って頂きました。 本日も渡邉洋子先生にリードして頂き、「三」357行目(11頁)から 447行目(14頁)まで学びました。 ズームホストは、北原葉子先生に担って頂きました。 朗読は、最初に広瀬希保先生。続いて郷家一二三先生。最後に石井佑二先生に担って頂きました。 皆さま、ありがとうございました。 動画の前半は以下の通りです。 https://youtu.be/PSbDxF3vgbc 動画の後半は以下の通りです。 https://youtu.be/Bz4vtxHoJek 音声の前半は以下の通りです。 https://xgf.nu/u4AC 音声の後半は以下の通りです。 https://xgf.nu/e2yG 加藤先生がお語りくださったメッセージの中で、わたしの心に響いたものを報告させて頂きます。 1、362行目「血と涙」とは、戦争のこと。ヨーロッパは戦争に明け暮れた。第一次世界大戦が終わってからまだ4年しか経っていない。 2、終末的な説教と前終末的な説教の違いとは?「審き」を語っているか、いないかの違い。終末的な説教は、神の審きを語る説教。   これがあるから悔い改めに導かれる。前終末的な説教は「審き」を回避する説教。終末的な説教は、神の審きを語らざるを得ない。   会衆が神の審きとして聞いていなければ、悔い改めに導かれない。 3、神は人間のニーズをご存知であられる。我々(説教者)は、聞き手以上に聞き手を理解しているか? 以上です。 本日は新年最初の読書会で、どれくらいの塾生の出席が与えられるか心配しておりましたが、16名の出席者が与えられ大いに励ましを頂きました。また、今日の学びは、新しい一年を歩み出す上で、大切な学びとなりました。最後に加藤先生に「ありがとうございました」と申し上げましたところ、「バルト先生に感謝しないとね」とご指摘を頂きました。確かにその通りでした。それでも、バルト先生が何を伝えたいのかを加藤先生が丁寧にご指導をくださいましたので、今日、色々なご予定で出席が難しかった皆さま、ぜひ動画、音声で学んで頂けたらと思います。加藤先生、今回も丁寧なご指導、ありがとうございました。心より感謝いたします。 個人的な感想ですが、418行目「そこで、何度も繰り返されることでありますが、目覚めさせられた牧師の息子や神学者の息子たちまでもが、この静かな避難民の群れに積極的に参加しておりますことは、いわば、ただ心理学的に条件づけられてのことではないでしょうか。」が心に刺さりました。 1月1日の主日礼拝には、東村山に帰省していた長男、次男も出席してくれました。しかし、今も信仰告白に至らないことを考えていたタイミングでしたので、今日の学びは、改めて心に深く響いた次第です。 次回の読書会BBは、再来週の火曜日、1月17日 、いつものように午後6時30分からとなります。 次回から、「四」451行目(14頁)に入ります。 後日、大橋先生が案内してくださると思います。どうぞ宜しくお願いいたします。 最後に、後半が始まる直前に、戸村先生が加藤先生に眼の具合を尋ねてくださいました。 加藤先生から「眼が見えにくいことは変わらない。それに加えて、眼に痛みがある。医師からはっきりと緑内障と言われた。まだ5年~7年は視力は大丈夫と言われているが。今日のテキストも読みにくいので、記憶で語っている。テレビも音楽番組は音を楽しむことが出来るが、そうでないと映像が見えにくいのでおもしろくないんだ」と語ってくださいました。 そのような中で読書会のために、心を込めて、時間を割いてくださいましたこと、改めて感謝いたします。 ご一緒に加藤先生の視力のこと、祈り続けてまいりましょう。 加藤先生、塾生の皆さまの上に、新しい年も主の祝福と平安を お祈りいたします。 アーメン。 田村毅朗(たむら たかお) E-mail : f_b_d_n_m_3_9_3@yahoo.co.jp