[sekkyoujuku:010609] 読書会A報告 Subject: [sekkyoujuku:010609] 読書会A報告 From: Date: 2022/04/13 10:20 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 加藤常昭先生 説教塾の皆様 昨夜行われたR・ボーレン著 加藤常昭訳「説教学」の報告をいたします。 私のメモでは、最大24名の方が参加して下さり、私が覚えている限り 最大の参加人数であり、加藤先生が語られるように読書の深まりとともに、 参加人数も増えているように思えるのは私だけでしょうか…。 本日の開会祈祷は、渡辺賢司先生にお願いしました。 「困惑」のリード役は渡邉洋子先生です。 後で理由が分かりましたが、渡邉先生のカメラが映りませんでした。 第1の朗読は畑雅乃先生にお願いしました。 第2の朗読は戸村甚栄先生にお願いしました。 今夜の主眼は、何と言っても「牧師の自己同一」についてです。 「説教者は、いわば自分自身の人格にはどうしてもぴったりしない  職務意識を深めるだけである。」 「自分のやっていることの意味を自分ではもはや見ぬけなくなっているのに、  それをやっているのである。」 「説教者の自己同一性が危機に陥っていることは、言葉の上から見れば、  多くの説教において証明することができる。」 この自己同一性(アイデンティティ)の問題は60年代のドイツの牧師だけではなく、 現代の日本の説教者たちの問題でもあります。 加藤先生は、ご自分が伝道者になられ時、吉祥寺教会の祈祷会の日に ある信徒から語られた言葉が忘れられないとおっしゃいます。 「加藤さん、これから大変ね、ご自分をすべてお捨てになられるのね。」 これからいよいよ「加藤常昭」を発揮しようと思っていた矢先に、 こう言われたのである。 自分自身であることと牧師であることに矛盾があってはならない、 そう決心されていた加藤先生には意外な言葉であったかもしれない。 言葉と実存に不一致があってはならない、説教者への厳しい勧告です。 このあと読書会では、参加して下さっている先生たちの意見が聴けて幸いでした。 第3の朗読は安井聖先生にお願いしました。 「もっともそうした説教者が旧約の預言者に似ているということがあるかもしれないが、  それは問題ならない。単純な心になりたいと思う者は、ただ多くの兄弟姉妹と  共に生きることによるほかにであろう。(下線は筆者)。」   本日、多く議論があった部分です。 最後のお祈りを郷家一二三先生にお願いしました。     今夜は(4月12日)は、68Pの小さな活字3行目まで読みました。 第3章「予備的問題」は、増田威先生に担当をお願いしてますが、 転任でお忙しいこともあり渡邉先生と担当を分けるかもしれません。 これからら調整します。 今週93歳(!)の誕生日を迎えられる加藤先生が出演される ラジオ番組「宗教の時間」がラジルラジルで予告されました。 4月17日のイースターと翌週4月24日の2回、続き物で放送されます。 2回放送されるのは特別です。 是非、お聴きください。 この日、聴けないかたは「聞き逃し配信」もあります。 次回の読書会Aは4月26日(火)の18:30分からです。 来週は、18日(月)が東京例会10:00から、 19日(火)18:30から読書会B、21日(木)20:00から「つねちゃんねる」です。 説教塾の学びや行事も盛りだくさんです、ご参加ください。 受難週のそれそれの歩みを祈ります。                         読書会A世話人 中井利洋