[sekkyoujuku:010512] 3月8日の読書会A報告 Subject: [sekkyoujuku:010512] 3月8日の読書会A報告 From: Date: 2022/03/09 10:00 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 説教塾の皆様 おはようございます。 すでに渡邉先生から昨夜の読書会の録画がありましたので 簡単に報告させていただきます。 私のメモでは、最大19名の参加でした。 冒頭、ウクライナを思っての祈り会が塾生から提案があり、 急きょ、その旨加藤先生を含めて、祈り会の方法について 読書会の前に話し合いました。 まず、加藤先生が哀歌第3章の一部を朗読してくださり、 ご自身の戦争体験を語って、そのあと祈ってくださいました。 安井先生、渡邉先生、亀田先生、戸村先生の祈りのあと、主の祈りをもって祈りの会を終えました。 ウクライナにそれぞれの祈りは届いたでしょうか? 一刻も早い平安を願います。 読書会は、「第2章 困惑 第2節 言葉を失った世界において神について語ることについて」から。 本日も渡邉先生にリードしていただきました。最初の朗読は、戸村先生。 加藤先生の、現代の説教者が「言葉を失う」という体験をしているのか、 という問いが響きました。 2番目の朗読は加藤知恵先生。 「説教者の労苦は、なおもう一つの別の面においても、作家のそれと平行するところがある。 言葉が我々の素材である」 この示唆的な言葉について、塾生の議論を深めていきました。 そして加藤先生のお話を聴きました。 「一人の人間が、その口にリンゴを味わうのと同じような直接的体験をするのである」 3番目の朗読は、田村毅朗先生。 「第3節 言葉を失っている教会」 加藤先生にドイツの教会の事情を聴いた。 制度としてか確立された教会が語る言葉、説教の言葉が 教会の革新なしには成し遂げられないことを知りました。 充実の議論の後、カール・バルトの第1講演の訳が失礼ながら分かりにくい という感想が塾生からあり、 加藤先生から第1講演を分かるように訳してみようか、というお話があり 参加者一同、月末の読書会に向けて朗報と喜びました。 加藤先生のお疲れはあるでしょうが、先生の訳を心待ちにしている塾生です。 読書会は、そういサプライズをもたらしてくれて、 郷家先生の祈りで喜びのうちに閉会しました。 加藤先生のご苦労は分かりながらも、 心待ちにしている塾生です。                      読書会A世話人 中井利洋