[sekkyoujuku:010094] 読書会A�E報告 Subject: [sekkyoujuku:010094] 読書会A�E報告 From: Date: 2021/11/23 9:23 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 加藤常昭先生 説教塾のみなさま 昨夜行われました読書会Aの報告を簡単にいたします。 私のメモでは、最大21名の方が参加してくださいました。 祈りによって、早速始められました。 担当の楠原先生の言によれば、本日中に第1章を読み終えたいという意向、果たして…。 学生説教塾で発言された加藤先生の言葉を中心に解説してくださいました。  本日の加藤先生の発言としとしては、次の言葉をどう考えるか、ということでした。 「(日曜日の労働者としての)自分の奉仕のつとめを、 これが欲せられれ、望まれているつとめなのだということについて驚嘆から始めるならば、 このつとめはまた、感謝を伴う驚嘆の思いのうちに果たされるだろう!」 つまり、あなたの説教は期待されているか、否か、と考えるか、ということです。 これに対して、自分の説教が教会の方に聞かれ、期待されていると考える意見がありました。 「驚嘆」という言葉からLeiden-schaftの語義を巡っての話もありました。 また、セミナー説教を読むにつけても、最近の説教の短さを憂うる言葉もありました。 20分くらいが中心で、原稿用紙に直すと10枚前後の説教が多いそうです。 ご自分が4,50分説教されていた時分の半分だということで、 それは説教者に長く説教する力量がなくなったのか、 教会が身近な説教を求めているのか、どちらなのかというといでした。 内容が豊かであれば、長い説教でも年配の人でも聴くかとができる。 金沢時代には、幼稚園の園長が40分も子どもたちに聖書の話をされ、 加藤先生も喜んでそのお話を聴いていたことを例に出してくださいました。 自分の説教が期待されているか、そして説教の長さについての考察は、 加藤先生のお知りになりたいことのようです、 ということは我々が真摯に向き合わなければならない問いかけであります。 昨夜は、亀田威先生に最後のお祈りを担当していただきました。 あとはテクストがありますので、それに加えて 楠原原先生の詳細なレジュメも読むことができますのでご参考にしてください。 2021年内の読書会はこれでお休みになります。 年明けの1月3日(月)から読書会B、1月10日(月)から読書会Aが始まります。 特に、長らく「説教学第1部第1章」を担当してくださった楠原先生、ありがとうございます。 無事に、年内に「第1章」を読むことができました。 次の担当者を求めています、もちろんお申し出、大歓迎です。 どうか、私から話が行ったときは受けてくださいね。 楠原先生のような詳細なレジュメでなくとも加藤先生のお話は伺えると思います。 (もちろん、楠原先生のレジュメを踏襲されてもよろしいですが…) では、また来年、お会いしましょう!                   「読書会A世話人」江古田教会 中井利洋