Subject: [sekkyoujuku:009796] 第1回読書会A報告(2021.9.13) From: "otobichan2006@yahoo.co.jp" Date: 2021/09/14 9:32 To: sekkyoujuku@sekkyou.com 加藤先生 みなさま 主の平安! おはようございます。 昨夜、午後6時半から午後9時まで、 R.ボーレン著、加藤常昭訳「説教学�T」の読書会が始まりました。 微力ながら世話人をさせていただいている江古田教会の中井です。 最大33名の方が参加して、夜にじっくりと学ぶ時間を得ました。 楠原博行先生が、開始のぎりぎりまで58頁ものレジュメを作成してくださり、 それもカラフルな写真付きで、とても素晴らしい示唆に富んだものでした。 ありがとうございます。 かつての学生説教塾での加藤先生の発言を織り交ぜて説明して下さり、 加藤先生が補足してくださる、という方式で進めていただきました。 「説教学�T」に沿って、「日本版への序」から始まり この書物の誕生のきっかけともなったボーレン先生と加藤先生の出会いなどが説明されました。 ボーレン先生と加藤先生が最初に師事されたゴルヴィツアー先生、そして加藤先生に 共通する人物はカール・バルトであり、その「説教の復興」という1914年の講演から始まっているそうです。 はしがきにある「聖書が説かれていない」「神の沈黙」についての課題は、 われわれ説教者にとって現在にも通じる一大命題であると思いました。 神の出来事は人間の手に余る、 しかし説教学はそこに向かわねばならない。 ボーレン先生の「聖霊論」と加藤先生はいつも論議していた。 「キリスト論」と「聖霊論」が相まって論議しなければ…。 ボーレン先生が情熱をこめて、好んですることは 「絵をかくこと」「スキー」「木を切り倒すこと」「説教」…。 この中に「詩」はふくまれない。 詩作も情熱をこめてされていただろうが、 夫人がこう言っていた。 「夫が詩作を始めると(苦しがっているのを)見ていられない。」 詩作が「情熱をこめて、好んですること」にはいらない。 最後に郷家先生に短く感想を述べていただき、お祈りをしていただきました。 Zoomのホスト役として、渡邊洋子先生にお世話になりました。 今後ともZoom は、楠原先生との二人体制でお願いします。 ランダムに感想を書いてみました。 補足する点、訂正する点がありましたらどうぞ。 次回9月27日(月)は、同じ時間に 18頁第1章「情熱としての説教」12行目から 楠原先生に解説をお願いいたします。 最後に私事で恐縮ですが、本日のかぶとむしセミナーに支区の会議が重なってしまい、 初回から少し遅れて参加します。